こんにちは!
稲城市でみつば結婚相談所を運営しております、お節介さんのうただです!
『お節介さんのうただ』になるまでの半生を自己紹介として書かせていただきました♡
お時間があるときにでも読んでいただけたら嬉しいです!
わたしは緑豊かな東京都稲城市で育ち、看板屋を夫婦で営む父と母。
4人兄妹の3番目として誕生しました。
父はとても子煩悩で優しく、怒られた記憶にないくらいでいつもにこにこしていました。
反対に母は厳しかったのですが、こどものやりたいと言ったことはやらせてくれて、
なんでも褒めてくれる母に育てられました。
そんな両親だったのですが、わたしたちが寝静まった後に決まって口論をしていました。
ふたりの怒鳴り声で目を覚ました日々が今でも鮮明に残っています。
ふたりのケンカはファイター並みで、茶碗は割れるは机はすっ飛んでくるは、それはもう大変でした。
わたしと幼い妹は、まだ小学生の姉を必死に起こして、泣きながらケンカを止めに入ったり、幼い自分たちでは手が付けられなくなると近所の親戚まで呼びに行ったりと両親のケンカには大変苦労しました。
今考えると家庭環境は良い方ではなかったと思います。
そんな環境で育ったこともあり、ストレスだったのか、寝る前は天井がぐらぐらしてしまう、メニエール病になってしまったこともありました。
保育園では泥遊びが苦手で少し繊細な所もありましたが、元々楽観的な性格のため、明るく元気が取り柄で、外が暗くなるまで毎日遊んでいた活発な女の子でした!
中学生くらいになると両親のケンカは「また始まった!」くらいに思うようになりました。
物が壊れないように、ひどくなると兄妹と仲裁に入り止めていました。
そんな中、反抗期を迎え思春期の頃は母と折り合いがつかずプチ家出をしたり迷惑をかけました。
両親のケンカや、自分の部屋がないのが嫌で早く家を出たいと思っていました。
19才のころ、父が突然この世を去りました。急性白血病でした。
突然のことで家族全員が悲しみに包まれ、毎日泣いて過ごしました。
父が居ないことが理解が出来ず、本当に辛い日々を過ごしました。
葬儀も終わり日常を取り戻しつつある中で、ショックがあまりにも大きすぎて、父を思い出すと泣き出してしまったりと、精神的に不安定な年月を過ごします。
【一度目の結婚】
父譲りのくせ毛で幼い頃からくるんくるん。
姉と兄と妹はさらさらストレートなのに、わたしだけ朝起きたときから髪の毛が爆発!
雨の日は学校にドライヤーを持っていったりと、青春時代はくせ毛で悩む日々を過ごしました。
コンプレックスから、物心ついた時には自然と美容師を目指し美容専門学校へ入学。
美容学校を卒業後、25才で一度結婚し愛知県へ嫁ぎましたが、
元夫は仕事人間で家に帰ってくるのは毎晩遅く、
私は土地に馴染めず、ホームシックが続く日々を送ります。
結婚5年目にして母が癌になり介護の為に稲城に帰省。
土地に馴染めるように無理をしていたせいか、
「やっぱり生まれ故郷っていいなー」
と安心した気持ちになったことを今でも覚えています。
兄妹4人で母の介護をしながら、昔ながらの友人と会ったりとすっかり故郷での暮らしに心地よさを感じてしまい、
「愛知県へ帰ったらまた寂しい生活になるんだろうな‥」
と、、
自分の居場所はやっぱり生まれ故郷なんじゃないだろうか、、
と日々思い悩んでおりました。
そんな中、母が辛い闘病生活の末、64才という若さで亡くなりました。
母は、闘病中にも関わらず、周りに心配をかけまいと出来る限り笑顔でいてくれました。
最後の最後まで笑顔でいようとしてくれたカッコイイ母でした。
母は女性らしいとかではなく、どちらかというと男っぽい強気な人で、
自分のことを「オレ」と言ったり、登れそうな木があると勝手に木登りしてしまう…
はたからみたら面白いお母さんと思われたかもしれませんが、
お願いだから普通にしてて欲しいと子どもながら切実に願っていました。
そんな母が嫌で、たくさん反抗しましたが、ホームシックになったとき、母の声を聴いたら恋しくなって泣いてしまったこともありました。
闘病中の母は、愛知県に帰ろうとしないわたしに、
「やりたいようにやりなさい」
と言ってくれた言葉が今でも心の中に残っています。
母は不器用でしたが、わたしたちを沢山愛し、感受性豊かに育ててくれました。
父も母も短命で人生は短いと思い知り、「自分の居たい場所にいよう」と決意。
2年間の別居生活をして離婚をしました。
しかし、あれだけ悩んで離婚を決意したのに、
何も囚われないで、
独身の方が良いのでは‥?
と思った程、独身になったとたん気持ちが楽になりました。
とはいうものの、
母の死と、離婚をした事で精神的に不安定だったのか、食事も同じものしか食べず、食生活の偏りで体調不良が続きます。
当時、お世話になっていた美容室の先生にはとても心配をかけてしまいました。
美容室で働きながら、精神的にも少しずつ落ち着きを取り戻したころ、今の夫との出会いがありました。
出会いは近所の常連さんしか行かないようなバーで、
いつものようにカウンターでビールを飲んでいたら隣に年下の青年が座りました。
それが今の夫となる人とは思いもよりませんでしたが…。
父の分までたくさん笑おう、母の分まで楽しく生きよう、
そして、二度と結婚はしないと
心に決めていたわたしですが、
彼の人柄に触れ、信頼できる人だと感じ、交際をスタートしました。
交際スタートから一年後にはプロポーズ→半年後には結婚式、その一年後には家を購入したことで周りからは心配され、スピード婚に驚かれましたが
「色々あったみたいだけど、良かったね。」
と暖かいお言葉をいただきました。
しかし、とんとん拍子で進んだ分、不安もありました。
わたしにとって再婚を決意する事は、とても勇気のいる事でした。
今ではケンカを全くしない仲良し夫婦ですが、初めの頃は意見が合わなかった時期もありました。
同じ失敗を繰り返さないためにも、夫と心地の良い関係でいるにも、どうしたら良いのか考えながら生活をしていくうえで少しずつ理解したことがあります。
一度目の結婚では、すれ違いが多く、ホームシックもあったので、いつも不満がありました。
ひとりで食材を買いに行き、ひとりで晩ご飯を食べて、
お休みの日もひとりでカフェへ行き、
家事は全てこなしていたので
「わたしは家政婦か!」
と何度も思っていました。
理想としてた結婚は、休みの日は何処かに連れてって貰うのが当たり前。
手伝って貰うの当たり前。
ねぎらうのも、
話し合いが出来るのも当然の事で、
感謝し合えたりするのが当たり前だと思っていました。
「ギブ」したんだから「テイク」してよ!のスタンスで、
相手に期待をし過ぎていて、期待に応えて貰えないと怒ったり、イライラしたりしていました。
それは自分の理想を相手に押しつけているだけだったと、離婚後に反省しました。
わたしは父と母を見て育ったこともあり、感情はぶつけ合うものだと思っていましたが、
穏やかな夫は人に対して怒ったことがなく、
わたしがプンプンに怒ると、言い返してくるのではなく、
落ち込んでしまい、その日は晩ごはんが食べられない状態になってしまいました。
わたしもさすがに言い過ぎてしまった・・と反省。
落ち込み過ぎた夫を見て、父と母のように何でも言い合える事は大切だけど、思い遣りのある言葉で伝えることが大切なんだと気づくことが出来ました。
いつ何があっても後悔しないために、
「ありがとう」や「ごめんなさい」を恥ずかしがらず伝えること。
言いたいことを必要以上に溜め込んだりして、勝手に不機嫌になって、
機嫌が悪いことを察して欲しいは通用しない。
自分の機嫌は自分で取ることが大切だと理解したり、
見返りを求めるのではなくて、与え続ける。
今までのつらい経験があったからこそ、
「おかえり」や「ただいま」を言える家族がいて、
一緒にご飯を食べられることや、
晩ごはん何にしようかと話しながら一緒に食材を買いに行ったり、
毎週では無いけどたまにはお出かけしたり、、
家事を手伝ってもらったら「ありがとう」と伝える。
きつく言いすぎちゃったら「ごめんね」という。
当たり前と、思って生活していたのは当たり前じゃなく有難いことなんだと、
今の夫からは「結婚はギブ&ギブ」ということを教えてもらった気がします。
失敗した経験と両親の不器用な愛に育てられ、
大切なことに気付く事が出来ました。
わたしの経験談は、
これから結婚に向けて活動される方に知識として役に立てたら嬉しい。
わたしのように結婚で失敗しないように楽しい夫婦生活を送ってもらいたい・・
そもそも結婚とは何だろう?
夫婦ってどんな関係?
と思っている人のヒントになるのではないかと思い、
15年以上続けた美容師を辞めて思い切ってお節介さんを始めました。
(現在はレンタルサロンで髪質改善メニューやメンズメニューも対応しております)
何気ない日常を一緒に過ごすパートナーが居るだけで、人生は豊かになると思っています。
結婚で必ずしあわせになれる保証はありません。
父と母のようにケンカしながら日々過ごす夫婦もいます。
でも、あれだけケンカしていたのに、父が亡くなる時、母は泣き叫びながら何度も父の名を呼んでいました。
大人になってたくさんの経験をしたからこそ思うことですが、
父が「ありがとう」や「ごめんね」を素直に言えていたらどうだったんだろう。
母が言葉に気を付けて思い遣りを持って父に伝えていたら幼少期はもっと平和に過ごせたんじゃないだろうか・・・。
と思います。
こうしてしあわせな結婚生活を送ることが出来た今だからこやっとわかったことですが、ふたりは不器用で、感情をぶつけ合い、理解し合おうと必死だったんだと思います。
でも、それもふたりの愛のカタチで、不器用な両親が大好きでした。
本当にありがとう。
しあわせの形も、
しあわせの掴み方も全部自分次第です。
お相手の選び方や、結婚後もしあわせでいられるよう、
わたしはこれからも親戚のような、友人ような近い存在で、
みなさまに素敵なご縁がありますよう、お節介さんとしてサポートしていきたいと思っています^^
長くなりましたが、わたしがカウンセラーになるまでの半生を自己紹介として書かせていただきました!
最後までお読みいただきましてありがとうございます!
感想やこんなことが知りたい!などメッセージいただけたら嬉しいです!
喜んで読ませていただきます♪
これから婚活にご活用いただけるように発信していきたいと思いますので今後ともどうぞよろしくお願い致します♫
人の数だけドラマがあります。主人公はあなたです!
結婚が出来ればいいとは限りません。
結婚はゴールじゃなくてスタートなんです。
ケンカの絶えない両親に育てられ、
一度目の結婚に失敗したわたしだからこそできるサポートがあります。
しあわせな結婚生活を送るために、
わたしと一緒にしあわせの掴み取り方を学びましょう!
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